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<灼滅する緑の森>
「……シェルン様……」
不安気なフュリエ達を代表するようにフュリエの長に声を掛けたのは世界樹の森に生まれた『最後のフュリエ』であるエウリス・ファーレだった。異色に染まった空の見下ろす森は彼女達の心情を示すかのように傷んでいる。ソラに浮かぶ『眼球』の一睨みで震え上がったラ・ル・カーナは既に何処にも本来の姿を残していない。
「……十三年前も、今も。同じなのですね」
一度目は世界の調律を狂わせた。
ならば二度目は世界そのものを破壊するのだろう。
「森が死んじゃうよ……」
一人のフュリエがすすり泣く。
彼女に引きずられるように何人も。
「世界樹はもう治らないの?」
「私達、どうなっちゃうんだろう」
広場に集まったフュリエ達はお互いの不安の念を伝え合う事でそれを増幅しているかのようである。世界樹に産み落とされ、それと共に在る彼女達がそれを無くして生きていける道理は無い。いや、世界樹が根を張る事で維持されてきたこの世界がそれに依存なくして在り続ける事は出来ないのだ。
「……」
されど、シェルンの見つめる先――彼方に聳える世界樹は異界の憤怒に飲み込まれ、戻らざる時を進んでいるかのようである。
「……シェルン様」
「シェルン様」
「シェルン様……!」
口々に自身の名を呼ぶ『妹達』の姿にシェルンは唇を噛み締めた。
自分達は、フュリエは思えば余りに弱かったのである。
変化する事を嫌い、約束された悠久の時間に寄りかかる事で生きてきた。しかして、そんなまどろみのような時間は本当は――十三年前に終わっていたのである。
「……決断、しなければならないのでしょうね。
いえ、私達はもっと早くに――決断するべきだった」
強い、そんなシェルンの言葉にフュリエ達の耳が動いた。
何時かやって来るこの時を、シェルンは知らなかった訳ではない。何時かやって来るかも知れなかったこの時を、まるで予測していなかった訳ではない。目を伏せ、未来(さき)を見る事を拒んだとしても、運命は常に残酷なものなのだから。
「世界樹は私達を生み、育み、生かしてくれた。
世界樹より分かたれた私達は、それを救わなければならない。
例えそこにどれ程の苦難があったとしても、それがどれ程の不可能だったとしても」
フュリエには親子の概念は無かったが――『母』が患い、倒れたならば子はそれを救うものである。人なる身とは又異なる感覚を持つ彼女達ではあったが――その感情は当然のものに違いなかった。厳密に言うならば『勇気』を手にした『今の』彼女達ならば、座して死ぬ運命よりも何かを助く戦いの、その意味と価値を知っている。
「行きましょう。世界樹を救いに、森を救いに、この世界を助ける為に」
シェルンの言葉に震えるフュリエ達は頷いた。
一度目は小さく、二度目はそれよりも力強く、三度目はハッキリと。
手にした杖を強く握り、風を感じるように瞑目したシェルンは言う。
「その為の方法は、アークが……リベリスタ達が知っている――
今は準備を。皆、あの『忘却の石』を出来るだけ多く集めて下さい」
アークよりもたらされた『一つの情報』はまさに破滅に呑まれんとするこの世界に浮かぶノアの箱舟であった。彼女はボトム・チャンネルに伝わるその伝説を知らなかったけれど、そこにはどんな保証も無かったけれど。奇跡は、それを待つ誰も救わない。
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