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TOP(2012/08/29) <捩れた斜塔のラプンツェル>
種別: 全角600文字、改行50回まで    レス:500件

影の継承者(ID:BNE000955)
斜堂・影継

2012/08/29(水) 02:04:08 
http://bne.chocolop.net/img/top_bg/BNE_bg_20120829ex.JPG
<捩れた斜塔のラプンツェル>


 プライヴェート・ビーチに人の姿は無い。
 日中の賑わいが嘘のように静かな砂浜を一人の女が歩いている。
 都会よりもずっと近くに感じられる澄んだ夜、満天の星空をやや虚ろに見上げた彼女の口元は嘲りの色を含んだ笑みの形に曲がっていた。
「……何て、綺麗なんでしょうね」
 吐き出した言葉は重い疲労と何とも言えないやり切れなさを同居させている。彼女を『良く知る』人物が見たならば俄かには信じられないような暗い、目の前に横たわる海のように底の知れない声色だった。尤も、七年時間を共にした恋人さえ躊躇無く葬り去った女である。『彼女を良く知る』人物等、本質的な意味では存在し得るのかどうかも知れない話なのだが。
「本当に綺麗。ええ、この世界は何時だって綺麗だったんでしょうね」
 星空を見上げる事さえ忘れていた。
 そんな長い、永い時間を思い出し、思い返して彼女は眩暈を押し殺した。
 いざそれを『決めて』しまえば世界がどんな形をしていたのか――決意する前よりも良く分かったような気がしている。
「何でこんなに楽しいんでしょうね」
 遠く沖に停泊する船影を見つめて魔女は独白した。誰に聞かせる心算も無く、誰に聞かせる事も無く。はしゃいだ、華やいだ夏の時間を共に過ごす『友人』達の事を考えた。
「何で、優しいのでしょう」
 お人よしの彼等は本当に自分を受け入れてくれているように思えていた。勿論、全員が無条件にそうでない事は分かっていたがそれでもである。
 だが、結論は断固としている。深い水底の更に下でゆっくりと動き出す歯車を今更止める者は無い。数限りなく引き返す機会を感じながらそれさえ振り切ってきたのだ。結局、彼女は『そんな風に不器用にしか生きられない女』だった。
 信仰厚き娘は全てを失い、それから新たなそれを得た。
『神』に出会った遠い過去から、魔女は二度と消えぬ信仰に囚われている。全く皮肉な現実はその『神』にこそ見せてやりたいのだ。唾を吐きかけ、呪いの言葉を吐き散らし、それから泣いて縋ってどれ程無様でも――それが叶うなら彼女は何でもしただろう。否、何でもしてきたからここに居るのだ。彼女の信仰こそ『逸脱』であり、彼女にとってはそれでもそれが全てだった。過ぎ去った時を認めず、失われたそれを認めない。解けぬ運命に挑むその行為は驢馬に跨り風車に立ち向かう狂人と一体何が変わっただろうか?
 人なる身の持つ有限の時間を謀り、擦り切れ、摩り潰れた精神を辛うじて繋ぎ止め。だがそれさえ底なしの泥沼で足掻く刹那である。心は壊れ、彼女は塔を引き当てた。数限りなく引き当てた塔のカードはこれ以上無い程明確に彼女の進む道を指し示している。唯一の望みが世界から拒絶されるそれならば、彼女は世界を侵す者に違いない。
「……」
 足元を濡らした温い海水の感触に彼女は小さな溜息を吐いた。暗い波間に揺れる潮の香りは『世界を諦めきった』彼女さえ、一時の安らぎに誘おうと熱心なのだ。
「……もう少しだけ……」
 銀色の砂時計から全ての砂が零れるまで。全ての偽りがきっと『最後』になるように。暗闇にぶちまけた星が無数に煌く幻想という名の天蓋の下、彼女は柄にも無く祈る気持ちだった。

 ――少しでも、長く――

 それは魔女の『望み』とはかけ離れ、逆を示すものであったけれど。
 確かにその時、彼女はそれを願っていたのだ。
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