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TOP(2012/08/09)<Lost World>
種別: 全角200文字、改行無し    レス:500件

影の継承者(ID:BNE000955)
斜堂・影継

2012/08/10(金) 21:23:54 
http://bne.chocolop.net/img/top_bg/BNE_bg_20120809ex.JPG
<Lost World>

 全ては一本の樹から始まった。
 母なるそれより、父なるそれより無数に分かたれた運命は狭くも広い大いなる世界に根を伸ばし始まりを芽吹かせ、葉を花を開かせた筈だった。
 全ては一本の樹より始まった。
『完全世界』の名を持つラ・ル・カーナはまさに『世界樹』と共にあった。健やかなる時も、死に到る病に冒された現在であったとしても。その単純事実は変わらない。
「……」
『世界樹の目』を通じて血に煙る戦場を見つめたシェルン・ミスティルの表情は深い困惑と苦悩に染まっていた。玲瓏なる彼女のその美貌に珍しいハッキリとした曇りを落とすのはまさに彼女が『今、視る光景』であり、その光景に触れる『とある奇妙な事実』であり、まさに彼女が今置かれた『確かに驚くべき現実』であった。
(リベリスタの皆様が再び戦いに赴いて下さった――)
 光景より読み取れる『一つ目』は間違いなく一目で理解出来る単純な事実である。先の『ラ・ル・カーナ橋頭堡』に置けるアーク側の敗戦は当然の事ながらシェルンの知る所でもある。かの戦いで彼等が仲間を囚われた事までを彼女は知っていた。橋頭堡とリンク・チャンネル周辺を制圧した彼等に対してフュリエが出来る事は無いかに思えたが、彼女とてその事実に心を痛めなかった訳ではない。手痛い敗戦の傷も癒えぬ内に再びこの世界に侵入した彼等の覚悟たるや想像のつかないものでは無かった。
(彼等はフュリエとも、バイデンとも違う……)
 自らの思考に問い掛けたシェルンは確認するまでもなく鮮やかに際立った一つの事実に何とも複雑な顔をした。力ある彼等は剣を取る勇気と――何かを守ろうとする思いやりを併せ持っているのだ。
 それは、そも『永遠に平穏を謳歌し、永遠に平和を抱くために存在する完全なるフュリエ』とも『例外なく何もかもを暴力の中に飲み干す事を是とするやはり完全なバイデン』とも違う不完全である。揺るがぬ何かはそこには無く、しかしそれが故に自由な『不完全』。
 しかして、『ラ・ル・カーナにおける不完全』を示すリベリスタならば別だとしても、『完全世界』に住む住人だからこそ解せぬ事実がある。
(何故、バイデンは捕虜を解放した……?)
 詰まる所、シェルンの柳眉を困惑に顰めさせた『二つ目』の理由は彼女が意図与り知らぬバイデンのその行動に対してのものだった。少なくともこれまでの十数年、バイデンが現われラ・ル・カーナを蹂躙した十数年において彼等に囚われたフュリエが戻った事は無い。フュリエが哀れなる彼女を救出しようと尽力した事も無い。繰り返すならばバイデンとは『何もかもを暴力の中に飲み込む事を是とする種』であり、永遠の平和と平穏を『約束されていた』フュリエとは『総ゆる暴虐に立ち向かう事が出来ない種』であった。あの憤怒の巨人がラ・ル・カーナに現われ、世界樹の調律が狂ったその日から。世界樹が彼等を創造したその日から。フュリエの約束は失われ、バイデンはこの世界に増え続けたのだが。彼等は何一つの例外も無く、何一つの寛容も無く目につく全てに怒り、前に立つ全てを破壊してきたのである。その長い時間を見つめ続けてきたシェルンにとって、バイデンが『敵』を破壊しなかった事に感じる違和感は全くリベリスタとは質の違うものであると言えた。
『リベリスタ達以上にシェルンはバイデンの行動を理解し得なかった』のである。
(――彼等には勇気があった? バイデンは勇気あるものを好むから――)
 シェルンは自身の推論をその時点で早々に疑い、小さく頭を振った。長い緑色の髪の毛が動作に合わせて微かに靡く。
 その経緯の詳細こそ不明だったが、確かにリベリスタがフュリエに比べてバイデンの眼鏡に適う可能性が高いのは事実である。『正反対』に生まれついたフュリエよりは『闘争と平穏の両面』を持つリベリスタを理解するのは確実であると言えた。しかしてそれは違うのだ。人間的思考に照らし合わせたならば『中間』がある事態でもそれは『本来』必ずしもフュリエやバイデンには当てはまらない。仮に彼等が『リベリスタ達を理解し、好んだとしても』。バイデンは敵を許容する事は無い筈なのだ。世界樹により『完全』に作られた彼等は『暴力と破壊のみを追及する、それに必要ない要素を本来持ち得ない筈なのだ』。フュリエが『滅亡の瀬戸際という事実に晒されながらも、剣を持つ事すら出来なかったのと同じように』。バイデンには――ラ・ル・カーナに在る知的生物には例外が無い。『多様性』を持つ事で『不完全』となり、同時に魅力と自由を獲得したボトム・チャンネルの人類とアザーバイドの造りは根幹から異なっているのだ。歳若く未熟なバイデンが或いは自身でも気付いていない事実を永きを生きる世界樹の番人は識っていた。
「変化が、訪れている……大きな、大きなうねりが」
 強い風が長い髪を吹き上げる。シェルンの小さな呟きを聞き咎める者は無い。肌をざわめかせる不安感の正体を彼女は正しく語る言葉を持っていない。長い時の中で唯の一度も『変化』した事の無い『完全なるフュリエ』は今まさに大いに惑っていた。

 シェルン様

 シェルン様……

 シェルン様――

「一は全、全は一。それは……この私も同じ事」
 自らに在らぬバイデンの『とある奇妙な事実』を彼女が『異変』と断じた最大の理由はまさにこの世界樹の元に集った多くのフュリエ達から伝わってくる強い『感情』であった。三つ目、『確かに驚くべき現実』は彼女自身持て余す、これまで一度たりとて経験の無い特別なものだったのだ。
 目を細めたシェルンはもう一度争いと死の匂い立つ戦場を見つめ、それから何かを期待するように自分に意志を届けてくる同胞達の姿を見た。
「…………分かっているのですよ。私も、フュリエなれば」

 始まりは唯一本の樹が立っていた。
 永遠に変わらぬ――悠久の父が、母がそこに居た。
 気付けば、始祖の梢を揺らした熱い風は止んでいる。

 ――ラ・ル・カーナ(Lost World)はもう『完全』では無い。
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