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<憤怒と渇きの荒野>
乾いた風が灰色の世界を吹きぬけた。
赤茶けた砂塵が舞い上がり、埃っぽい野に散って落ちる。
元より『完全世界』とされたラ・ル・カーナには不似合いな風景である。鮮やかな青を失ったくすんだ空に見下ろされ、ぐつぐつと煮えんばかりの怒りさえ思わせるその場所はまさに『憤怒と乾きの荒野』とされる『新しい』ラ・ル・カーナを印象付ける不毛の大地に違いない。
その大地の片隅。
見渡す限り何も無い『死んだ』大地の片隅に、動物の骨と皮を主な材料に作られた『集落』がある。暴虐の灰色の中でも一際血の臭いの濃い――巨獣すらも寄り付かぬ場所がある。
集落の広場には腕部の異常に発達した赤黒い巨人達が集まっていた。中央に大きな椅子に座った一際巨大な体躯を持つ長と、彼に『報告』を行う一人の若者を置き、ぐるりと周りを囲うように様子を伺っていた。
『この地の付近に見慣れぬ者共が現れ始めていると聞く。
イザークよ、それが貴様達が逃げ帰ってきた相手という訳だな?』
ボトム・チャンネルとは全く違う――誰しもが耳慣れぬ言葉を吐き出したのは地面と空気を丸ごと揺らすかのような低音だった。
『プリンス。それは違う。我々は逃げてなど居ない。逃げられたのだ』
『何れにせよ同じ事だ。逃げるのも逃すのもな』
長――プリンス・バイデンの言葉に同調し、周囲から上がった嘲笑にも悪罵にも似た同意の声に『報告』を行う若者――イザーク・フェルノの額に血管が浮く。彼の顔はこの侮辱にハッキリと赤らんだ。
バイデンはバイデンである限り、怒りと無縁の一生は送れない。例え自身の前に立つそれが敵わぬ相手であろうとも、である。
『未熟者め』
獣めいた欲望と圧倒的な強者の風格をまるで隠す事無く極めて大柄な肩を揺する大男――その名にバイデンの名を冠する種族最強の戦士(プリンス)は言葉とは裏腹に目の前で牙を剥き出し怒りの色を見せる向こう見ずな若者を咎めぬ程度には機嫌が良いようだった。
『しかし、面白い。実に面白いぞ。
貴様もおめおめと戻って来た甲斐は見せたというものだ。
木っ端のようなフュリエ共が相手では俺も退屈というものだった。“外”の連中がそれだけの者共ならば、永劫満たされぬ渇望も幾らか潤おうというものよ。連中は強いのだろう?』
『……』
イザークは腹の中に煮える感情を辛うじて押し殺し、一つ小さく頷いた。周囲から上がる『腰抜け』なる雑音が彼の怒りをまたざわざわと煽ったが、その声も今度は片手でそれを制したプリンスの一動作にあっという間に掻き消えた。
『イザークよ。俺は貴様がひとかどの戦士である事を知っている』
『……その通りだ、プリンスよ』
『その貴様が“強い”と称する者共の出現に俺の心は躍っている。それは貴様も変わらんな? 貴様は汚名を返上し、名誉を回復する機会を強く望んでいるな?』
『言うまでも無い。戦いはバイデンの全てだ。戦わぬバイデン等不用なのだ』
『ならば良し。この先に待つ戦いで今度こそ貴様も自身を示すがいい!』
豪快なる一声でイザークを激励したプリンスの声に現金なバイデン達は口々に喝采を上げ始めた。己が愛用の獲物を天に突き上げ、彼等にとっては得難い――余りにも素晴らしい時間と機会の訪れに期待し、熱狂している。
同じラ・ル・カーナの空の下。
余りに不完全な『完全世界』の空の下。世界は繋がっているのに、余りにも隔絶している。怒りを知らぬ者と怒りしか知らぬ者共はやはり交わる事等微塵たりとも考えず、次なる戦いを望むのだ。野蛮なる者共は自身の存在意義(レゾンテートル)とも言うべき武を掲げ、やがて到る戦いの時に陶酔するのだろう。
戦いは未だ。
しかし、戦いの時は遥か彼方では無いだろう――
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