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<鬼ノ城>
人間の世に、鬼道が根を張る城が出現して幾ばくか。
一体何人分かという巨大なる玉座にはその身むくつけき鬼王『温羅』がどっかりと腰を下ろし、配下の鬼を眺めていた。
呼吸をするだけでごうごうと耳障りな音がする。
息遣いだけで獣が恐れ怯える、鬼の王の存在感は格別だ。
君臨すれど、未だ動かず。リベリスタとの戦いの中、禍鬼以下鬼道は『温羅』及び四天王の二人の復活に成功したが、各地で起きた戦いで敗れた鬼の数も少なくは無い。結果として先の戦いはリベリスタ側からすれば『温羅』の復活を許し、禍鬼からしても岡山県内に残された封印のバックアップを相当の数を破壊し損ねるという痛み分けに終わったという訳だ。
『鬼ノ城』を復活させた『温羅』及び鬼道軍ではあったが、即座に彼等が動き出さぬ理由はまさにそこにあったのである。本来ならば各地の霊場を悉く侵し、十全な生贄が捧げられた末に起こる筈だった『温羅』の復活は、アーク、そしてクェーサー、リベリスタ達の介入を受け、謂わば『不完全』とも言える状態で発動する事になったのだ。禍鬼はそれでも十分と考えていたが彼の読みは些か甘かった。『温羅』の力は全盛を下回る状態で、かつその知性は胡乱としたままである。又、封印の残滓が枷になっているのか、少なくとも今は『鬼ノ城』周辺から離れられない、縛られた現況だったのである。尤もこの状況を逆手に取り、自身の快楽を優先させんとする禍鬼当人にとっては主人の不完全は大した問題では無かったのだが。
「……お呼びですかね?」
座ったまま茫としたままの『温羅』に禍鬼が声を掛けた。
彼の傍らには同じ四天王の風鳴童子、鳥ヶ御前、そして鬼道の官吏である鬼角の姿もある。こういった面々が王に呼びつけられる事自体がこの先に起こる何かの意味を告げている。
ごうごうと呼吸が鳴る。
「厭な臭いがたまらぬ」
王は肩を竦めた禍鬼と、大人しく頭を垂れたままの三匹の鬼にようやく言葉を掛けた。
「……厭な臭い?」
鳥ヶ御前の柳眉がぴくりと動く。
「そう。この上なく忌々しく、我を苛立たせる臭いがする。
あちこちからする。あの許し難き『吉備津彦』の臭いが漂うのだ」
ごうごうと息が鳴る。隆々と発達しすぎる程に発達した『温羅』の肉体が怒りと不快感に一層盛り上がった。耳まで裂けたその大口からは見事な牙が覗き、喉の奥からは人間を十万人喰らった死臭、血臭、無念の獣臭が零れ出す。
「我の現界と共に現れ出でた影がある……臭う、臭うぞ」
「あいつ、また。本当にしつこい奴だね……」
風鳴童子は呆れたように言った。鬼道の不意の復活に備え、岡山に霊的監獄を形成した『吉備津彦』。封印の保険が破られつつあるこの期に及んでも、まだ一手を残しているとは。
「キシシ、あのいけすかねぇクソ野郎め。人間より鬼やらせた方がいいんじゃねぇか?」
悪態を吐く禍鬼は執念と復讐を司る鬼である。顔中に珍しく素直な嫌悪感を浮かべ、それでも言葉は冗談めいた禍鬼の声を受け、『温羅』は轟と大きく吠えた。
「――――!」
流石の四天王、そして鬼角である。彼等は衝撃波めいた王の怒りを受けても何とかその場に留まる事に成功したが、王の場所に居た大鬼達は唯それだけの事で固い壁にその巨体を打ち付けられていた。
「……まこと、まこと忌々しき人間め。
齢百年、人の身ながら死してもまだ我を呪うか、『吉備津彦』!」
『温羅』の声に竦み上がる鬼達。四天とて、それは例外では無い。
「王よ、どうか怒りを鎮めてたもれ」
鬼角が恭しく言葉を述べる。
「麿が、四天が王の憂いを取り除いて差し上げる。
『吉備津彦』が何を遺そうと今は遠き過去でおじゃろう。 鬼道を阻む者は此の世になし。王の完全復活も、それは程近く……」
大鼻をひくつかせる『温羅』は臭いで宿敵の遺したものを知る。それはこの強大な王を叩く為の呪いめいた執念である。
「任せておいてよ」
「必ず、良い結果を持ち帰りましょう」
「キシシ、全ては王の為にってな」
風鳴童子、鳥ヶ御前、それから禍鬼が鬼角に合わせるように言った。
(……成る程、さしづめこれは『逆棘の矢』ってトコか?)
王の憂いは自身を傷付ける『吉備津彦』の呪いである。禍鬼は遠き日の出来事に思いを馳せ、同時に内心で高笑う。
(キシシシシシ! 面白くなってきやがった。
『逆棘の矢』があればこっちの楽しみも増すってもんだ。
鬼角よ、甘く見てるんじゃねぇか、お前。現代(いま)の連中は強くはねぇがしつこいぜ。
ああ、こりゃ面白ぇ! キシシシシシシシシシ!)
王を使うも見限るも、好機次第。全てこの鬼の胸の内……
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