http://bne.chocolop.net/img/top_bg/BNE_bg_20120303ex.JPG
<Baroque>
古めかしい肖像画が見守る。
由緒正しき歴史の積もるその場所は、二人の魔人のサロンになる。
「聞いたか、ケイオス。又、『例の』日本だ」
芸術品のような高級な調度品が並ぶ欧州はとある屋敷の応接室での出来事であった。
来客用の柔らかいソファに身を預け、白磁のカップを傾ける長身の――ケイオスと呼ばれた黒い燕尾服の男に屋敷の主人――豪奢な衣装に身を包む金髪の男は言葉を掛けた。
「神秘界隈のトップニュースだ。連続とは随分やるじゃねぇの」
「……嬉しそうですね、キース」
喜色満面といった面立ちで楽しそうに言う親友(キース)にケイオスは「やれやれ」と小さな溜息をこぼした。
「珍しく呼びつけたから来てみれば――そんな事ですか」
「そんな事ってのもご挨拶だろ。オマエ、日本に興味があったんだろ?」
心外だとばかりに言ったキースにケイオスは呆れたように言う。
昨日より世界中の神秘界隈を駆け巡った一大ニュースこそ今、キースの言った『日本の出来事』である。同輩である 『ジャック』と『アシュレイ』の危険なゲームはかの国に予想通りとも言える大きな問題を引き起こしたのだ。古代に封印された強力極まりないアザーバイドが復活し、社会に大きな被害が出た……
つまりそれはアザーバイド『鬼』による岡山襲撃事件を指している。世界的に例外とも言える『都市部でのアザーバイドとの激闘』は紆余曲折の先に一つの結末を用意したという。
アザーバイドの王の降臨である。強力過ぎる個体が封じられている事は日本、欧州問わず『良くある』程度の話だが、その復活が只ならぬ状況を招く事は間違いない。
「……ミラーミスじゃあるまいし」
「だが、落とし子だ。ま、そのものが発生したら俺達も只じゃすまねぇな」
「そんな殊勝な人間ですか、貴方は」
ケイオスは肩を竦めた。
リベリスタ側からすればこれは一大事で、フィクサード側からすれば他人事に過ぎないが、この場合それを面白おかしく眺めるには彼は少し神経質過ぎる。
「……全く、万一にもこの程度で沈まれては困りますからね。
彼等には『使徒』を陥落させた責任がある。それは果たしていただかねば」
ケイオスには彼一流の美学がある。そしてキースの言う通り『日本に興味を持っていたが故に』自分が動き出すより早く、崩壊の序曲が響き始めたのが気に入らなかった。ましてや彼の細い眉が気難しく顰められるような曰く『芸の無い』連中であれば言うに及ばぬ。
「箱舟の航海は、既に私の中で一つの作品になっているのですよ。船出、順風の航海、嵐、出会い、別れ……暗い夜の海の底で、全て藻屑になるまでね。私の描く『戦慄のスコア』に下卑た猛獣の出番等無い。『公演』を汚されるのは不愉快だ」
白いカップをマホガニーのテーブルの上に置き。痩身より鬼気を立ち上らせたケイオスとは対照的にキースは気楽に笑っていた。
「まぁ、いいじゃねぇか。仮にも『あの』ジャックを倒した連中だろ。古代のアザーバイドって連中の実力は知らねぇけどよ、コレを越えたら、尚更連中に価値が出るぜ。もっと、もっと強くなればいい。その方がずっと面白いぜ、なぁ! ケイオス!」
言葉の後半を吐き出したキースの顔は何時の間にか獣のような獰猛なそれに変わっていた。心から、それを待ち望んでいる。理由等、問うまでもなく想像のつく所である。
「……だから、嫌なんですよ。私は貴方に興味を持って欲しくない」
毒気を抜かれたケイオスは溜息を吐き、再びアールグレイを口に含んだ。
「貴方が出てくると全部何もかも無茶苦茶になる。
友人としてお願いします。お願いだから、『演奏中』は大人しくしていて下さいね」
|