「教授、同郷の最期に思う所はありますかね?」
「元より彼は倫敦で『一番危険な男』では無い。
彼は『三番目』。同郷のエースの死は残念には思いますがね」
ケイオスの声に暗色のコートを着込んだ痩身長躯の男が応えた。
白くカーブを描く額の下には理知的な光を宿した深く窪んだ眼、姿勢は余り良くは無い。何処か爬虫類めいた雰囲気を漂わせた彼は、
「結果はその虚しい証明でしょう。
余りに単純な――考えるまでも無い証明問題だ」
くわえたパイプからゆっくりと白い煙を吐き出した。
「全く、無様極まりますな」
円卓の中でも一際嘲り深く、大仰な溜息を吐いたのは絢爛な魔術師の扮装に身を包んだ三十過ぎ程に見える男だった。
「だから、小生は殺人鬼風情を歪夜に迎え入れる事に反対したのです。
『アーク』とやらがどんな連中なのか小生はまるで興味が無い。
重要なのは歪夜の使徒を称した者が敗れた事のみ。
先見の明が無かった……そう謗られても仕方ありますまい。
早晩、ただの百年足らずで使徒に欠位が生まれたその責任は、あんな小物を承認した盟主殿にある。貴方はこの失敗の責任を、どう取られるお心算ですかな?」
「無礼な!」
慇懃無礼とした魔術師の台詞を聞き捨てならぬ、と烈火の如き声を上げたのは妙齢の女騎士である。その毛並みは銀の雪色。彼女は自身の持つ獣の因子を表すかのように獰猛に、牙をむき出さんばかりの勢いで魔術師に食って掛かる。
「その言葉、訂正して貰おうか」
抜刀も辞さぬ、とばかりの女を魔術師は面倒臭そうに一瞥する。彼の持つ人を嘲るかのような雰囲気は盟主に対してのものも、彼女に対してのものも大差は無かったが――
「小生は盟主殿と話しているのだ。飼い犬風情は黙っていたまえ」
「……っ……!」
――刹那、噴き出した余りにも濃密な威圧感は確実に女を示威する為のものだった。言葉を失った彼女を庇うかのように黒衣の騎士が口を開いた。
「戯れは程々になされよ。ペリーシュ殿」
「アンタも相変わらず性格が悪ぃなぁ」
続いて呆れたような声を出したのはキースだった。
「なぁ、『虚言の王』。俺様は、アンタは誰に責任を取ってくれ、何て考える人間じゃないだろ? 死んだらそいつが弱いのさ。『使徒』の名を軽んじるバカが居たなら、教えてやればいい。俺様が、アンタがどんな人間なのかをな。
……ったく、こっちだってアンドラスを宥めるのに苦労したんだぜ」
二人の言葉を受けて魔術師はくくっと含み笑った。
「『黒騎士』殿と『魔神王』が相手では、小生も矛を収めざるを得ませんな!
勿論。本気で責任を取れ、なんて思いもしない。
元より小生と彼は別個なのだ。彼がどれ程無様であろうとも、バロックナイツがどれ程侮られようとも、小生には元より関係ない!
……単純なゲーム、のようなもの。
安易に釣られたセシリー殿は少し、修練が足りぬとは思うがね!」
言葉は取りも直さず『白騎士(セシリー)では役者不足』、と告げている。
再び激しかかった白騎士を黒騎士が静かに押し止める。
彼の視線の先では沈黙を守っていた盟主が再び口を開こうとしていた。
「卿等、各々に主張はあろうが――
今は我等が愛すべき同胞、第七位を静かに悼もうではないか。
彼の欠位をどうするかはゆくゆく話を進めるとして――」
盟主の本心は誰にも知れぬ。
「逆十字円卓会議は提案しよう。
卿等は、かの地を踏み、『風穴』を眺むるも良し。愛すべき第七位の仕事を引き継ぐもよし、箱舟を沈めるも、構わぬも良し。全ての自由を認めよう」
言葉は投票を促すそれだった。
「自由! 実にいい響きだ!」
「異論はございません」
「構わねぇよ、それで」
「元よりディーテリヒ様の御心のままに」
「……いいさ、それで」
「結構ですね。件の穴には興味があります……」
「問題はありませんな」
「はーい、アシュレイちゃんも賛成しまーす」
――ともあれ、各々の行動を何ら縛らないという盟主の結論は内心様々ながら使徒達に受け入れられた。
バロックナイツは敵を恐れない。難攻不落とも言われた使徒の一角が落ちたのだ。敵を恐れる者達ならば、手を出す事を一先ず禁じ、情報を収集する事を考えても良い局面である。しかし、まるでそれさえ『些事』と言わんばかりである――
成る程、そう思えぬ者はまず最初からここには無い。
「ああ、そうだ。アシュレイ」
盟主の甘いバリトンが不意に彼女の名を呼んだ。
「はい、なんでしょう?」
「運命は粛々と――時に望まぬ結論を運ぶもの。
さりとて、七位は見事に戦い抜いたのだろう。
美しき夜を謀った『イスカリオテのユダ』は――一体何処に居たのだろうね?」
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