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<逆十字円卓会議>
時は同じく聖夜、場所は日本より遥か離れた遠き地、ベルリン――
時代めいたバロック建築の重厚と時に忘れ去られた古めかしさが薫る聖堂の丸いテーブルを複数の人影が囲っていた。
暗がりの中に小さな炎が揺らめいた。獣脂の焦げる臭いが鼻をつく。
「……変わらないな、ここも。アンタも、いや、アンタ達も」
円卓に既に就いた何人かの顔を見回し呟いた金髪の男は全く遅参して来た事に悪びれる事も無くそんな言葉を吐き出した。
「それはこちらの台詞でしょう、キース」
「久し振り、ケイオス。元気そうじゃねーか」
「貴方こそ、何も変わらない。
我が友が七年で様変わりする筈も無いのでしょうがね――」
場違いにも思える上等な燕尾服に身を包んだ痩身のケイオスに「違いねぇや」と笑ったキースは円卓の上座に就く男に視線を投げた。瞑目したまま静かに時を待つ彼は格別の威厳に満ちている。
「成る程、俺様が最後かね」
舞台の上の花形さえも務まりそうな程に美しい男は、キースが席に就いたのを切っ掛けにしたかのように漸く目を開け、円卓に揃った『騎士』達を眺め回した。
……未だ空席の数は多い。
「欠位は件の第七位」
一つは言わずと知れたあのジャックのもの――それ以外は。
「欠席は、第三位、第四位、第九位、第十一位――
さて、親愛なる諸君。これより、逆十字円卓会議を始めよう」
聖堂に集う人影は一個が一軍に匹敵するとも言われる現代の魔人達である。朗々とした声を上げた『盟主』を合わせて九人。『バロックナイツ』と呼ばれるボトム・チャンネルの仇花は一声を受け、その視線を場を仕切る盟主の方へと向けていた。
「この程、卿等を呼び立てたのは他でも無い。
厳かな歪夜十三使徒、その七位がジャック・ザ・リッパーが極東、日本でリベリスタ達に倒された事に起因する」
「はい、はい。私も今回は予想外でして、こう。何とか青息吐息、命からがらここまで逃げ延びた次第でして。ええ、あのジャック様を倒すっていうんですから、日本の、えーと。そうそう『アーク』っていうリベリスタの組織はすごい強力で他に類を見ない連中って訳です、はい。あれは倒さないといけませんね! 放っておいたら大変です!」
盟主の一瞥を受けた魔女――アシュレイがぺらぺらと説明を開始し始める。白々しい彼女の語り口を疑ったのか、そうでないのか。それとも単純に『使徒の身で敗れた事が論外』とでも言いたいのか。円卓を取り巻く空気は冷たく素っ気無い。
「あー、ジャック様はお亡くなりになりましたけど。穴はバッチリ開きました。これまた忌々しい! アーク側が奪った『賢者の石』で穴を『抑制』しているみたいですけど……日本がこれより先最高の『神秘的不安定』を抱く事は間違いありません!
バロックナイツとしてはこれはボーナスステージですね!
まー、そんな訳でして。取り急ぎ、ディーテリヒ様にご報告を差し上げて、この緊急招集をですね。お願いさせて頂きました次第で」
「――との事。故に議題は二つ。
歪夜の空位について。そして件の果敢なる箱舟と、七位が命を賭してこじ開けた素晴らしき風穴をこれよりどう扱うか」
アシュレイの軽い口調とは裏腹に盟主の声は厳かそのものである。個人主義者の集まりであり、個々が強力な能力を誇るバロックナイツは組織立った行動を殆ど持たない。十年に一度でも多い位の召集、彼等の意思を決定する『逆十字円卓会議』は極めて重要な事態を受けた時のみ、開催される。七年前は今ここに居ないジャックがアシュレイを紹介し、彼女がバロックナイツ十三位として承認された時のもの。そして、七年振りに開かれた今回の会議はそのジャックが『居なくなった』から開かれたものであった。
言葉を切っ掛けに場が少しだけざわめいた。
「使徒が有色人種(いろつき)に負けただって……?
それも、あのジャック・ザ・リッパーが死んだとか」
神経質そうに眉をぴくりと動かしたのは旧ドイツの親衛隊制服に身を包む――美しい青年だった。『理想的なアーリア人種を体現したかのような』彼の美貌の右半分は丁度鼻の辺りを境目にするように肉を失い、機械むき出しのパーツとに別たれている。
「……フン」
傍らに直立不動の女を従えた青年は円卓にもたらされた事実が俄かには信じられない様子で不愉快そうに口元を歪めている。
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