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<アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア>
「さて……」
女の顔には相変わらず柔和な笑みが張り付いていた。
無表情を表現するのに『能面のように』とは言うが、一見すれば感情豊かに見える彼女の場合も同じである。喜怒哀楽の『楽』ばかり見せているのは、その実、感情の起伏が無いに等しい。全く変化の無い仮面を見ているのと同じであると言えるのでは無いだろうか。
「……さて、いよいよですね」
女――『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアは孤独な空間で一人ごちた。注意して耳を傾けなければ聞き逃してしまいそうな極々幽かな声である。ともすれば自身も気付かぬ内に漏れ出た呟きであるのかも知れない。
(長かった。もう七年にもなりますか)
アレで可愛い所もある男なのだ。粗暴で横暴で尊大なる主人の子供のような破顔を思い出し、アシュレイはくすくすと笑っていた。どれ程馬鹿げた関係でも七年もあれば幾らかの積み重ねはある。『例え最初から約束されていた結末でも』情がまるで沸かないかと言えばそうでもない。
(複雑なものですねぇ。何時もの事ながら、この手で幕を引こうというのは)
貪るような口付けを覚えている。
自分本位な彼に『優しさ』や『繊細さ』を求める方が無理な話だったが……アシュレイは彼と過ごす乱暴な時間が嫌いでは無かった。女は酷く合理的でありながら、感情的だった。何処までも冷静でありながら、その心には熱がある。
故に彼女は魔女とされたのか。
魔女は、それでも魅入られた誰かの破滅を願うのか。
「……悪くは、無かったんですけどねぇ……」
ぽつりと呟いた魔女の金色の瞳には確かな虚無が宿っていた。
決して届かない何かを、夢想するような瞳。己が希望を妄想と嘲りながらも。それでも何一つ諦め切れていないような、そんな顔。余りに未練がましく、余りに女々しい。自身の豊かな肢体を抱きかかえるように腕を組んだ彼女は、爛れた毒花の色香を滲ませて、甘い吐息のような言葉を艶やかな唇の端から零れさせた。
――Au revoir、ジャック様――
絶望は何時も連れ立ってやって来る。
彼女が『塔』のカードを選び取ったその日から。最後の賭けに負けた時から。
歯車は軋んで動き出したのだ。今は止まらず、動き出したのだ。
「……」
黒絹の片手袋に包まれた指先が手にした携帯電話のボタンをプッシュする。呼び出す先は言わずと知れた彼女の、敵。
――その名を、アーク。
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