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<協定会談>
「……と、いう事は大筋で合意出来るって訳だ」
戦略司令室で行なわれた『恐山』代表フィクサード・千堂遼一と『アーク』戦略司令室長・時村沙織の会談はまさに大詰めを迎えていた。
「……それにしても『相模の蝮』に睨まれるのは何て言うか隔世の感があるよねぇ」
「睨むで済ませてやってるだけ感謝して欲しい所だがな。
自覚はあるんだろ、『バランス感覚の男』」
「まぁね。まぁ、貴方の方から話が回ってきた時には驚いたけど」
エリューション能力を持たない沙織が唯、千堂の前に立つのは危険である。千堂というエージェントの格、そして単身アークに乗り込んで来たという事情を考えれば彼が妙な事を企んでいる可能性は低いとは言えたがフィクサード達に暗殺計画の前科があるのは確かである。『会談を粛々と進める為に』その警護役を買って出た中の一人に今回、千堂側への接触のパイプ役を果たす事になった『相模の蝮』蝮原咬兵が居たという訳である。
「ものものしいよねぇ」
「それだけシビアで繊細な時期って事さ」
周囲を見回し嘆息する千堂に沙織は肩を竦めた。やはり敵地である。アークにとって千堂は全幅に信頼するに値する相手ではないし、彼からしても同じ事なのだろう。
「まぁ、いいや。時間も無いって事だろう? 最後の確認をしよう」
「ああ。基本の提示はお前の挙げた条件で構わない。但し――」
「――事件解決以後一ヶ月の休戦期間の設置と、『僕達がバロックナイツと交渉を持つことの禁止』だろ? 分かってるよ。前者は兎も角、後者は中々抜け目が無いね」
「螢衣(うちのおんなのこ)は優秀なのよ」
「ま、番犬はそうでないといけない。
君達の爪牙をあてにして安全な所から悪魔にけしかける心算なんだ。君達が後顧の憂い無く戦力を傾けられるという条件は正しいよ。全くバランスがいい」
覇気のない物言いの中にも鋭利な意識の煌きが見える。隙だらけなようで居て、千堂の方にも殆ど隙が無い。
「合意でいい?」
「ああ。サインが必要ならしてやるよ」
整形した書面に沙織はペンを走らせた。
「時間が無いのは分かってるよな」
「勿論。だからこっちも先んじて情報は用意してきたんだ」
目を細めた千堂は頷くと手持ちのアタッシュケースの中身を机の上へと広げた。そこには束ねられた複数の書類と地図がある。
「……実を言えばね。『剣林』とはもう半分位話がついてる。連中は戦力を後宮シンヤに引き抜かれた挙句、顔に泥を塗られたようなものだからね。話は早かったよ。連中はシンヤと付き合いが長いから、影響圏も被ってる。彼が秘密裏に用意したアジト何かにも何となく当たりはついたって訳だ。
……で、あっちからの情報を頼りに取捨選択を重ねて、『恐山』が内偵した結果がこちら」
何枚もある地図上の赤いマーカーを沙織は素早く次々と確認した。レンズの奥で眼光を増すその瞳は千堂のものと比べてもそう差は無い。
「少なくとも此方で絞ったポイントの幾つかには後宮派と思われるフィクサードの出入りがある事は確認されたよ。僕等のフォーチュナ能力じゃ防御されている彼等の内情を探る事は出来ないけど、君達ならば出来るだろう?」
「……どうしてそう思う?」
沙織の問いに千堂は薄ら笑いを浮かべて答えた。
「ほぼ日本全域の神秘事件を探れるのが万華鏡だろ。言うなれば君達は信じられない位広域の情報を甘い条件で汲み上げているんだ。そんな事が可能な力があるんだ。フォーチュナ能力の常識から考えれば、極々狭いエリアとポイントを絞って万華鏡を集中運用すれば敵の防御だって破れるさ。
そうだな、例えば――太陽の光を虫眼鏡で束ねて……紙を焦がすみたいにね」
「……」
「後宮シンヤを確実に補足出来るかどうかは別にして、君達の真に望む情報がそこにあるかどうかは別として。連中の戦力はまだ組織化前だ。先んじて叩けば有利だろ?」
カレイド・システムの能力――運用による可能性を未来の敵である千堂に教えてやる義理は無い。謂わば千堂の言葉は協力に名を借りた探りでもあるのだろう。にやついたままの彼にしかし沙織は平然とした調子で端末に指示を出す。
「後宮シンヤの潜伏先と思しきポイントの情報を手に入れた。これからデータを転送するから万華鏡の通常探査をオフにして集中運用に切り替えろ。……ああ、そうだ。出来るだけ間隙は短い方がいい。兎に角、素早く。即動けるフォーチュナは全員借り出せ」
沙織の言葉が自身の推測の肯定となった事を確認し、千堂はぶらりと足を揺らした。
「話が早い人は嫌いじゃない。
何でも言ってくれていいよ。僕等は仲間だからね、出来るだけ協力をしようじゃないか。取り敢えず今は。うん、疑わなくても構わないよ」
「ああ、そうかよ」
面倒臭そうに答えた沙織の顔を見てもう一度千堂は笑い出した。
アークは時間に追われている。たかが一人の命を諦めれば政治的利益が勝つならば『恐山』なら迷う事は無いだろう。フィクサードならばそれが当然なのだ。しかしてリベリスタ達は『そういう選択肢を背負った上で不足なく戦える程、器用ではない』。
――後宮シンヤのアジトと思しき場所の探査が完了しました!
――しかし後宮シンヤの姿は……
――カルナさん、まだ発見出来ません!
インカムから沙織の耳に滑り込んでくる情報は芳しくない。
彼の端正なマスクが少しの苛立ちに染まりかけた頃、その情報は訪れた。
――室長! 室長!
声のトーンは今までのものとまるで違う。
席から沙織が腰を浮かしかけた。
「後宮シンヤが見つかったか――?」
「いえ、しかし……」
オペレーターの天原和泉の返答は何処か歯切れが悪く、言うなれば茫とした調子を帯びていた。
「……カルナ・ラレンティーナさんが、今三高平市に帰還しました……」
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