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<蝮原 咬兵>
肌をひりつかせるような緊張感が好きだった。
若さに任せて暴れに暴れていた頃もある。組長に必要な自分である事が嬉しかった。自分に出来る事は何でもやる心算で居た。
「……歳を取ったな」
蝮原咬兵はグラスをカウンターに置き、静かに呟いた。
ウィスキーの銘柄はお気に入り。ストレートは男の好きな飲み方だった。しかし、今夜――枯れた琥珀色が喉を通過する度に彼が感じるのは何時もの十分な満足感では無かった。
「人間、変わるもんでさ」
空になったグラスに次の一杯を注ぎながら傍らの部下――河口が言った。
「何時までも若いままじゃ居られない。男は責任と生きていくもんでしょう?」
「……」
「歳は取りたくないもんですね。背負った荷物の分だけ肩が凝る」
「成る程、道理だ」
幾らか洒落た言葉に口角が僅かに吊り上がる。
唯、暴れていればいい季節はとうの昔に終わっていた。
いや、本音を言うならば今の蝮原は暴れたいとさえ思わない。唯、大切な者を守り、盛り立てる手段としてそれがあるだけ。それ以外の方法をこの不器用なやくざは知らないだけだ。
「今度は本気ですね。上は短期でアークを潰す気だ」
「まぁ、対決して分かったが……上が本気になるのも分かる。
今手強いかどうかは問題じゃねぇ。あれは、何時か必ず敵になる」
蝮原はリベリスタの事をふと思い出しそんな風に評した。
それは荒事の中に生きてきた男の直感である。
理屈を上回る本能。嗅ぎ分ける力。彼は自身の勘を疑わない。
「それで、例の作戦を」
「ああ。……好くやり方じゃないがな。
ああいう作戦を立てた理由は分かる。
まともにぶつかれば中々大変な相手なら――合理的だろ」
蝮原はグラスを再び傾けた。
「作戦の指揮は引き続き俺だ。
お前と岩井は組に残す。その意味は分かってるな、河口」
「お嬢の方は任せといて下さい」
蝮原は一つ大きく頷いた。相良雪花、その名と意味は余りに特別だ。彼の脳裏に過るのは和装の少女。日本人形のような可憐な美貌に祖父譲りの芯の強さを持った少女の姿。
「それより、お嬢にどやされるのは御免ですからね。若頭こそ油断はしないで下さいよ」
察しの良い河口は好漢である。蝮原を安心させようとするかのようにそんな風に冗句めいた。「ああ」と短く応えた男は目を閉じる。
澱のように溜まる眠気と疲労感は――アルコールの所為なのだろうか?
(橘平さん……)
相模の蝮は内心だけで呟いた。
(橘平さん、あんたなら――どうします?)
言葉に出来ない想いが宙を空回る。
瞼の裏の組長は彼の言葉に応えはしない――
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