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<都内某所>
窓の向こうに見下ろせる都会の景色は変わらない。
何時もと同じように忙しなく、何時もと同じように急いている。梅雨の合間に姿を見せた六月の日差しが照り付けるアスファルトの上を様々な人々が行き交う様はパレットにぶちまけた色の氾濫を思わせた。
「誠、世の中は難しいものよな」
快適な空調の利いた応接間にしわがれた老人の声が響く。声にゆっくりと窓から視線を動かした男――千堂遼一はそんな言葉に小さく肩を竦めて嘯いた。
「難しく考えるから、難しくなるんですよ、御老人」
老人には未だ視線をやらない。目の前で汗をかくアイスコーヒーのグラスに砂糖とミルクを『バランス良く』入れながら千堂は更に言葉を続けた。
「今回の話だって、そう難しいモノじゃなかった筈。
御老人が付き合ったのも『唯一方だけバランスを欠く』のを嫌ったから、でしょう?」
「お前の言う『バランス』とわしのバランスが同じものとは思えぬがな。
まぁ――間違ってはおらんか。件のアーク、か。確かに厄介な連中だが……」
「……まぁ、差し当たっての懸念事項はあそこじゃありませんよねぇ」
言葉を濁した老人にからからと氷をかき混ぜながら千堂は言った。千堂と老人の関係は部下と上司、或いは傭兵とクライアントである。何時もと変わらない調子の千堂に老人は苦笑の色を強くする。
「……相変わらず、無駄に勘は冴えるようだな」
「まぁ、それで生きてられるようなものですからね」
「そう、その通りだ。問題はアークではない。アークの後、だ。
蝮は上手くやるだろう。だが、蝮はわしの手の内には無い。この意味は分かるな?」
「勿論」
千堂はアイスコーヒーを一口口に含んで頷いた。
「確かに一つの切っ掛けとして『あやつ等』は大きかった。
あまりに、あの名前は大きすぎる……
アークなる障害を排除する……確かに悪くない話だが。『誰がどう排除するか』が何よりも重要だ。少なくとも、それはわしか――わしの影響範囲の者によって果たされねばならぬ」
「まぁ、組織同士の難しさですねェ。
何でも『砂潜りの蛇』も何か企んでるって――聞きましたし。まぁ、ちょっと小耳に挟んだだけですから。裏も取れてませんし、真偽も細かい所も分かりませんけどね。
兎に角、思惑があるのは『うち』だけじゃないのは確か、かな」
「そちらは何とも言えんが……
逆手に取れば上手くつつく事も不可能ではあるまいて。
どうすればいいかも……言うまでもないな?」
「勿論。お任せ下さいな、御老人」
千堂は二度頷いた。
明確な命令がなくとも長の意を汲む事。それは万一の時組織を咎から守る為でもある。
千堂とて使い捨てられる心算は無いが、巨額の報酬と評価を得ているからには能吏としての完璧な仕事を果たすのが彼一流の『バランス』である。
(さぁて、どうなるかな……)
満足そうに頷き自分に期待の言葉をかける老人の言葉を半分ばかり聞き流し千堂は頭の中で呟いた。
外は良く晴れている。
幾つもの思惑に曇る裏の世界とは裏腹に――
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